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神様に会いにいく

「神様に会いにいく」002 石門別神社

神様に会いにいく

岡山県内には1618の神社があるそうです。(岡山神社庁による)
住んでる町にも神社がありますよね。
なんとなく見過ごしている神社に1つ1つに伺う、
「神様に会いにいく」企画を始めました。

2社目は、石門別神社(いわとわけ じんじゃ)

セキモンベツではありません。いわとわけ。
以前は、御野(みの)郡伊福郷の大安寺山にあったようです。
御野郡は聞き慣れませんが、伊福郷は伊福町という名前が残っていますね。
大安寺山。今もこの名前があるかは分かりませんが、JR大安寺駅の北側に広がる山なのかなと推測します。

移ってきたのは、906(延喜6)年。
延喜は、醍醐天皇の時代。
延喜3年は、菅原道真が亡くなった年。
延喜5年は、紀貫之が「古今和歌集」を編集。
延喜21年は、安倍晴明が誕生。
(ウィキペディアより)
なんだかすごい時代ですね。

その後のあれこれは、割愛。

当社は御野郡伊福郷の大安寺山に祀られており、延喜6年(906)正月に現在の場所へ遷座したと伝えられている。
 『備前国式内書考録』(明治初年)が記す様に、この神社は、はやく廃絶してその所在場所は久しく不明であったと思われる。そして江戸中期頃になって大供村の戸隠神社が式内石門別神社に比定されることになったようである。 例えば、元文4年(1739)に完成した『備陽国誌』には『戸隠宮 大供村。所祭 手力雄命。延喜式に御野郡石門別神社と云う当社ならんかと云へり』と見える。
 しかし、その後寛政年間に岡山藩士大澤惟貞によって編纂された『吉備温故秘録』では、式内石門別神社は大安寺村の項に記されてをり、また明治3年の『神社明細帳』でもこの神社は未だ『戸隱宮』と記されていることなどを考えると、江戸時代中期頃から式内石門別神社に比定されながらも明治初年まではなお決定的なものとはならなかった様子がうかがわれる。『特選神社名牒』にいくつかの説を並記しながら「大供村戸隠宮を備陽国誌の神明帳に御野郡石門神社とあるは当社ならんかとみえ貞享元年神社書上帳に戸隠宮とあり社司の記録に備前国御野郡大供村鎮座戸隠宮奉祭手力雄命也とあるもの證とするに足れり故今之に従う」としている。なおこの神社に神宮寺が置かれたことを『御國中神社略記』が記してをり(昭和13年『岡山市史』第5巻)、『吉備温故秘録』は廃寺の項に「日蓮宗安立山大福寺 大供村・本寺蓮昌寺」と記している。大福寺は岡山藩の寛文期の社寺整理の際に廃寺とされたもので、『撮要録』(文政6年)はこの時廃寺となった寺についての寶永4年(1707)の調査資料をあげている。それには「住持還俗改名清左衛門後有罪追放、寺株田地賜、清左衛門追放後賜磨屋町光珍寺、理斎大供村へ引越孫權六續之、本尊なし」とある。
 社領について『備前國式内書上録』(明治初年)は寛保年間の社伝(現在その行方は不明)に記された古老の申し伝へとして「當社往古封戸神田許多有之所ニ亂世之比度々減シ、浮田泉茘直家、同秀家之御代、天正文禄の比は社領纔25石残れり、是亦慶長之始召放れける由」と記すが、確認できない。江戸時代の地誌類、明治初年の諸資料にはこの神社の社領は記載されていない。
 『荘園資料』などによると、石門別神社の鎮座する大供付近は藤原氏の氏長者に属する殿下渡領となった鹿田荘の荘園に含まれていたと考えられている。

岡山神社庁のHPより

石門別神社って??

よく似た名前に「天石門別神社」というのがある。
ちなみに、アメノ-イワトワケ-神社と読む。
近くだと、美作市にある。
「天石門別神」の別名が、「櫛石窓神(くしいわまど-のかみ)」や「豊石窓神(とよいわまど-のかみ)」
天皇の宮殿の四方の門に祀られていたそうです。

天石門別神は、「古事記」に登場

「天孫降臨(てんそんこうりん)」という場面。
天照大神(あまてらすおおみかみ)が地上に降りてくるシーン。
三種の神器と3人の神様と一緒に降りてくる。その3人のうちの1人が「天石門別神」。

「戸隠し神社」とも呼ばれていた

とかくし神社、とかくしさん、と呼ばれていたそうです。
これに近い名前は、「戸隠神社(とがくし-神社)」(長野県長野市)。
でも、こちらの神社は、「天手力雄神(アメノ-タヂカラ-オ-ノカミ)を祀っています。
この人、さっきの「天孫降臨」で、一緒に地上に降りてきた3人のうちの1人。
なんでこの人の名前が通称で呼ばれるようにになったのでしょうね・・・。謎

ちょっと前のめりな感じが素敵

獅子と狛犬は少し寄り目の可愛い色白。獅子はちゃんとツノがありますね。
少しだけ前のめりな感じが素敵です。

拝殿・幣殿・本殿(右から)が並んでます

パンパン!って柏手を打って、なぜかお願い事をする拝殿。
本当はここにいるんだよ!神様は!と教えてもらった本殿。
そして、その間にある幣殿!!!
意外と珍しい??

本殿・前から
本殿・後ろから
奥に進むと・・・

この神社の謎はここにありそうな気がする。
水はないけど、橋を渡ると何やら古そうな祠(ほこら)がある。

何を祀っているのかはわからなかったけど、古くからあるようですね。
今残っている神社にはよく周辺の神様を集めてきたような場所は多い。
なかなかプリミティブな感じとコンクリートで無理やり固められた感じがすごい。

本殿の並びにある大きな木

本殿の脇には大きな木。神社と言えば、大きな木。
丸くて可愛いけど、存在感がたっぷり。